日記・談義坊 /

安心・安全な避難施設の整備建設を!


 台風10号怖かったですね。初めて避難を体験しました。ルース台風の時は、子ども(小学校2年)でしたから、記憶曖昧ですが、家で経験しました。夕方、大人たちが慌ただしく動いていたのを覚えています。翌日目にした情景は、高波の凄さを知らしめるものでした。その年は、運動会も学芸会も中止となったのです。港地区が一番被害が大きかったのですが、皆さん下寺(法雲寺)に逃げて助かったとのことでした。

 今では、各地区に緊急避難施設が整備されています。手打の場合、玉姫園を中心に5カ所ほど指定されています。今回は、強力な大型台風が直撃との予報・報道もあって、多くの人が避難を希望したのでした。朝9時から玉姫園にて受付、それぞれ地域や年齢などを考慮して割り振りが行われました。私たち夫婦は元気老人!ってことでかな(?)手打小学校になりました。早めの昼飯を済ませ、雨が強くならない内に小学校へ向かう。すでに、多くの人が駆けつけ場所取りが始まっていました。体育館ではなく、一番近い1階の教室にお願いすることになりました。

 詳しい個々の避難所の開設や運営状況については、後で総括するとして、手打に誰もが安心して安全に避難できる施設が必要であると実感しました。他地区にあるような「緊急避難施設」の新設・建設ってよりは、現在指定されている避難施設の見直しと、玉姫園などの拠点施設の充実整備が緊急に必要です。強化ガラス使用による安全性の確保や必要数の段ボールベッドの設置、障がい者など弱者にも優しい避難施設のあり方を検討し、実施実践に移すべきです。

 小学校の体育館と本町公民館のガラスが割れて、避難者が怖かったこと、不安を覚えたことなどは繰り返すことがあってはならないと思います。

 追記。

 停電で、パソコンも打てないでいました。やっと、電気が来たと安心して寝て熟睡(避難中ほとんど眠れなかったのです)。朝起きてパソコンに向かったらまた停電。近所を確認しても確かに停電。地区コミ事務所に早めの出勤をしましたが、ここも停電。九電・川北電工の皆さん早朝から復旧のために奮闘されています。頭が下がります。電気のありがたさ、当たり前のように、電気のお世話になっている日常を改めてありがたいと思うことでした。

 家の後始末は美代子さんにまかせて、地区内を徘徊・見回り。街灯の電柱5カ所倒れている。内2つは、電気ともったまま倒れて、灯っている。灯っていない(通電)していない、断線のところが危険なんだとの声になるほどと思うことでした。

 孫祐汰に台風の凄さその爪痕を報告、新聞小屋などの状況をメール。

 祐汰の返信メール。「え!でもじい様たちになんもなくて良かった」いつもの、短いメールですが、優しさをうれしく思うことでした。美代子さんも「祐汰は、優しいよね。あんたに似たんだね」と。