日記・談義坊 /

携帯電話携帯なしで、電話事情回顧。


 最近、川内、鹿児島に用事で出る場合、日帰りか1泊泊に勤めています。懐の事情と手打でやるべき事も結構多くなったからです。
 19日、巨人ーヤクルト戦が鹿児島で行われることから、孫達を野球観戦に連れて行こうと計画していたのです。親二人も是非行きたいって事で、6枚のチケットを確保し、当日を迎えたのです。
 チビの颯亮、3時には走って帰ってきました。めずらしく、宿題をするから教えてとプリント広げます。
 日記には、野球を観に行くことを書くと。「家族全員で行きます」と書きながら、じいちゃんは家族じゃないんだよね、と言いながら「家族全員と島のじいさまと6人で行きます」と書いています。
 そうこうしていたら、次男の遥都も帰ってきました。宿題を済ませたらと言うと「今日は、野球を観に行く人も多いみたいだから、宿題は無し」とのことだったようです。先生もやりますネ、格好いいですネ。
 中学校の祐汰も、野球の練習休んできたと、早めの帰宅。パパさんも早めのご帰還。ママさんも早引きするとのことだったようですが、5時過ぎての帰宅。

 全員揃ったところで、出発。球場近くの駐車場、混んでいるだろうなと心配しながら、出掛けることでした。
 どうにか、駐車場確保して野球場へ。内野指定席にたどり着いたときは、2回の裏が終わろうとしていました。
 杉上家の皆さん、親も子供も巨人ファンのようです。私だけがアンチ巨人。いい試合でしたよネ。ヤクルトがもう1本が出なくていらついたわけではないのですが、私は、運転しない気安さもあって、ビールに焼酎と飲み過ぎたようです。パパさんは若いだけあって、しっかりしていました。私は、足をとられて祐汰の肩を借りてやっと歩けたようです。
 娘の運転で帰ったのですが、覚えていません。それをいいことにチビの颯亮、私のスマホでゲームに夢中だったとのこと。

 朝起きて、スマホが見当たりません。パパさんは、棟上げとかで早朝出勤。
 娘も、朝のドタバタでスマホ探してもくれません。
 颯亮「僕が、車の中に置いたままだった」と、言い残して、登校しちゃいました。
 車のキーはパパ純ちゃんが持っているとのことで、開けることも出来ません。純ちゃんの所にカギ取りに行くから現場教えてと言っても、「知らない」との一言。じゃー電話して現場聞いてと言っても、「今日は、棟上げだから、忙しいの」と電話もしてくれません。
 祐汰が、パパの携帯番号教えるから、じいさまがしたらと優しいこと。電話しようにも携帯がありません。
 携帯のあり場所わかっているから「まぁ、いいか」と、島に帰ることを優先で串木野新港へ。

 しかし、ケイタイがないってすごく不便です。美代子さんへの連絡ができません。公衆電話が見当たりません。
 船乗ってから、電話しようと考えていましたが、船の公衆電話無くなっていました。昔は、あったと思うんですが。ケイタイの時代、必要が無くなったのでしょう。帰ってから、美代子さんにバカにされることでした。

 二人して、昔の電話事情、回顧することでした。
 子供時代、高校生のころまでは、電話なんて学校か郵便局ぐらいにしかありませんでしたから、無縁でした。
 昭和40年代、大学生時代は、固定電話は普及しつつありましたが、電話交換手を通してつないでもらっていたと思います。私の手打の実家にも美代子さんの実家にも電話なんてありませんから、近所の家から呼び出しでお願いをしていた記憶があります。交換手に特急でお願いしますとかで、料金も高かったのではないでしょうか。電話することもほとんどなかったのですが。
 50年代になると、職場やお店屋さん、街中に公衆電話が置かれていたと思います。テレホンカードが普及したのもこの頃でしょうか。
 
 平成のいつ頃からでしょうか、携帯電話が欠かせなくなりました。メールや写真撮るにも、時計代わりにも必需品です。
 ケイタイスマホ、娘の所に置いたままになりますが、明日からの生活不自由・不便にならないかと心配です。

 ピンクや緑の公衆電話、どこ行ってしまったのでしょうか?復活して欲しいですネ。