日記・談義坊 /

原発輸入への湯川秀樹の嘆き「急がば回れ」


 日本人で初めてノーベル賞を受賞した湯川秀樹博士。1956年、正力松太郎(当時の読売新聞社長。国会議員でもあったのですね)が委員長を務める原子力委員会の委員になった。官民こぞって原子力発電に夢を抱くなかで、湯川博士は物理学者として冷静な目を保っていた。
 湯川博士は、原子力の平和利用はひとつ間違えれば無数の人たちの生命を危険にさらすことになる。人間が機械に振り回されるのではなく、機械を完全に制御できるよう基礎から研究と技術をひとつひとつ積み重ねることが重要と主張し、「苗を育てる下地をつくっている最中に、いきなり大きな切り花を買ってくるという話では困る」と、正力の原発輸入方針に異を唱えたんだそうです。
 湯川博士は就任からわずか1年で委員を辞任している。
 「他人に迷惑がかかっても、自分だけが抜け駆けしようとする人が日本には何人といる。『急がば回れ』という言葉は、日本ではいろはかるたの中にしか存在しない、。文明の最先端である原子力の平和利用には、『忍耐』を道ずれにしなければならないことが日本人の耳には入らないらしい」
 そう湯川博士は著書の中で嘆いている。

 このような思いが国民に伝わっていたら、福島原発もなかったろうに、3・11の悲惨な事故も起きなかっただろうに・・・。
 それでも、なお原発推進に突き進む日本は、どこで湯川博士の思いを理解できるのでしょうか。

 湯川博士は正しかったのです。彼が危惧したとおり、我が国の研究者や技術者が基礎を積み、創意を発揮した国産炉の設計という「回り道」を選ばず、技術までも「輸入」した結果、機械に振り回され、甚大な被害をもたらすことになったのだから。

 追記。
 心ある科学者は、原発建設に異を唱えていたようです。
 最初は原子力利用を推進していた物理学者の坂田昌一も、原子炉安全審査専門部会の委員を、原発設置側の下部組織に安全審査機構があることへの疑問や安全審査に必要な資料の公表が行われないなどの理由から辞任、反対派に回っている。
 朝永振一郎(ノーベル物理学受賞)も同様の危機感から強く反対の異を唱えている。
 このように、日本トップの物理学者たちがこぞって原発に反対したその背景は、「安全性が最優先されていない」ことを危惧してのことでしょう。
 まさしく、現政権の原発再稼働推進の今の状況と似ていると思います。