日記・談義坊 /

はだか乞食の川わたり


 「ああ楽じゃ、はだか乞食の川渡り、脱ぐ世話もなし、着る世話もなし」
 60年ほど前、母方のばあちゃんが教えてくれた言葉です。
 裸乞食は、川を渡るのに服を脱いだり、着たりする面倒なことをしなくてよい。世の中、ぶげんしゃ(金持ち)より貧乏人の方が生きていくのに楽なんだよ。ってことを、教えたかったのでしょう。学校も出たこともなく、文字も読めなかったであろうばあちゃんは、訪ねると、囲炉裏のそばで「むかしばなし」などを聞かせながらいろんなことを教えてくれた。
 私も、若い頃から、背伸びをせず、身の丈にあった生き方を、との考えで、ばあちゃんの教えを聞いていた。
 高校時代、大学時代には、夏休みや冬休みには祖母の昔話を聞きに行ったものです。その時の私にしてくれた昔話が、大学の先生の手によって、「甑島の昔話」として世に出されたのでした。その本を贈呈された祖母は、「孫のお陰で」と喜んでいたそうです。
 古希を過ぎたいま、分限者ドンの羽織袴(いまなら、燕尾服か)とは縁のない私ですが、何かと余計なものを着せられたりします。議員としてOO年勤続などの表彰状を貰うこともあるのですが、飾るわけにも、捨てるわけにも行かず、押し入れの中に鎮座しています。子どもたち、遺品整理で困るだろうとは思うのですが、処分できていまません。
 今回、身に余るって言うより、身の程知らずの章を頂きました。新聞でも紹介されたことから、多くの方から「おめでとう」のお言葉をいただきます。謙虚に、素直に、自然体で、受け入れたいと思っているのですが「気恥ずかしい」って気持ちが先に立ちます。

 ばあちゃんの言葉に「呼ばれても行くな、呼ばれんでも行け」というのもあります。
 ご招待・お呼ばれがあっても、義理で呼ばれていることもあるし、招待・お呼ばれがなかった場合でも、気を使い、遠慮して声を掛けなかった、または、招待したつもりが手違いで届いていなかったって事もあります。
 難しいですよね、特に「呼ばれんでも行け」の場合、判断に迷います。そのまま、行かない場合は良いとして、行くことにする場合、どのような手順・やり方で向こう様の意向を確認、こちらの思いを伝えるのか。
 ばあちゃんの話をもっと深く聞いておきたかったです。

 まずは、祝賀会へのご招待、どう受けるべきか。妻美代子さん「そんなに、深刻に考えることなの。すなおに受けて、行ったら」とのこと。

 追伸。
 なぜ、躊躇しているかと言えば、あまり、受賞が表沙汰になると、ハレンチな行為が出来なくなっちゃう。議員も引退したことから、酒飲んで酔っ払ったことをいいことに、立ちション等(などですよ、恥ずかしいことやっちゃっているのですが)それが出来なくなるんじゃないのかと心配しているのです。
 美代子さん「これまでも恥ずかしいこといっぱいしてきたでしょう。なんで、いまさら」。そうでした、地のままに生きていったらいいんだ。後、長く活躍できるわけではないのですから。