日記・談義坊 /

「海難1890」エルトゥールル号事件から125年


 KAGOSHIMA熱闘会議の元副会長 藤田さんが、ぜひ映画館に足を運んで鑑賞して欲しいとメールで推奨されていたのが「海難1890」だったのです。年を越してもまだ上映しているのか気になっていましたが、大丈夫でした。
 この映画ほとんど予備知識はなかったのですが、観て良かったです。藤田さんに感謝。

 1890年エルトゥールル号海難事故、和歌山県樫野崎沖にて台風に遭遇、座礁のうえに水蒸気爆発を起こし、500名以上が犠牲になった大惨事。生き残った乗組員は69名。彼らを救うためになけなしの衣服や食料を提供する。何日も漁も休んで、村民総出で、遺体や遺品の収集を行う。村長は、亡くなった人すべてに棺桶を用意して丁寧に弔ってやりたいと言う。貧乏な村にとって、そのことがいかに大変かってことが想像された。明治時代にこれほど気骨のある、利他の精神を持った人たちがいたってのはすごい。
 この史実は、トルコではずっと語り継がれているそうです。小学校の教科書にもしっかり載っているという。

 時は移って、1985年のイラン・テヘランが舞台。
 イラン・イラク戦争の停戦合意が破棄され、空爆が続く。膠着する戦時下で、サダム・フセインが48時間後にイラン上空を飛行するすべての飛行機を無差別攻撃すると宣言。国外退去の必要に迫られる。救援機を要請するも、就航便が無かった日本では迅速な対応が難しい状況だったという。他の国々では救援機が到着し自国民を乗せてテヘランから脱出、徐々に日本国民だけが取り残されていく。トルコの救援機が最後の搭乗の機会である。トルコの救援機に日本人が乗れるよう、日本の官民からの要請が行われる。この要請を受けたトルコのオザル首相は、自国民を危機にさらすことになるという周囲の反対を押し切り、日本人のための救援機の追加派遣を決断する。しかし、空港では、救援機を待つトルコ人たちで溢れかえっている。
 自分たちは、危険な陸路での退去を行い、遠い国の日本人を優先的に乗せてやるという判断を、極限的な状況下で行えたトルコ人ってすごい。このことを知っている日本人はどれほどいるのでしょう。私は詳しくは知りませんでした。

 今の時代、世界では憎しみの連鎖でいろんな事件が起こっている。負の連鎖です。
 エルトゥールル号は哀しい事件でしたが、地元の人が69名の命を助けたことで、今度は95年後にトルコ人が日本人をイランで助けることに繋がったんだと思います。
 1999年のトルコ北西部大地震の時には日本から援助を行っている。
 2011年の東日本大震災では一番最初にトルコが助けに来てくれた。
 戦争の支援活動は要りませんが、平和の支援、善の連鎖はいつまでも、どこまでも繋がって欲しいですよね。

 「どこのもんでも、かまわん!助けなあかんのや!」
 トルコって、遠い国だったけど、映画のおかげで、近い国になりました。