日記・談義坊 /

「唐津くんち」おもてなしに感動!


 KAGOSHIMA熱闘会議のメンバーは、毎年のように【唐津くんち】にお呼ばれし、参加をしています。「九州・沖縄地域作り協議会」の構成団体でもある「からつ夢バンク(地域づくり団体)」とのお付き合いから始まっています。10年ほどにはなるでしょう。私は「唐津くんち」に参加するのは初めてでありました。佐賀には4,5回は行っているのですが。
 今回は、4人での参加です。「からつ夢バンク」の小島起代世会長さん宅にお世話になることでした。会長さん宅も「くんち」一色。長テーブルには、くんち料理がずらり。お客も、大勢いらっしゃいます。ケーブルテレビからは、2日目の唐津くんちのハイライト、お旅所神幸(おたびしょしんこう)が生中継で流されています。早速、現場に観に行くことに。人混みで、いい鑑賞ポイントは確保できません。お旅所は元小学校のグランドですが、昔は浜だったことから、普段は硬いグランドを掘り起こして、深い砂地にしてあります。この砂地に曳山の車輪がめり込んで非常に動きにくくなっているところを、豪快に引き揃える様子は唐津くんちの最大の見せ場なんだそうです。遠巻きながら雰囲気は実感できました。
 唐津くんちには、無礼講のお宅が多くあり、お客さまを、くんちの3日間おもてなしをする。お料理やお酒、曳山を見ながら、街をを楽しみながら、深夜まで宴は続き、お客さまも入れ替わり立ち替わり続くのです。私たちも、「からつ夢バンク」で知り合っている所を2軒、ハシゴでおじゃますることでした。接待、おもてなしがビックリするほどすごい。
 盆や正月よりも大切な祭事だという。盆や正月の休みを振り替えてでも、唐津っ子がこの日には帰ってくると言われる。
 「唐津くんち」、正月のための費用を使ってでも、唐津くんちのおもてなしを大切にする。料理も半端じゃない。名物は、アラの丸々一匹のままの姿・塩焼き。25~30万円はするんだという。3日間のおもてなし料理にどれぐらいお金が掛かっているのか、想像も出来ません。鹿児島あたりで経験する祝い事の宴とは比べものになりませんから。
 
 唐津くんちの曳山は、
 獅子や鯱、兜、鯛、龍などを形どった原型に和紙を幾重にも貼り重ね、その上から麻布を貼って漆を数十回塗り重ね、最後に金銀を施したもの で、非常に手が込んだ装飾になっています。
 大変大きな曳山は、台車に人が何人も乗れるくらいとても重厚。その大きさは、高さ7m、重さ2~5t にもなります。
 完成までに2~3年を要すると言われ、漆工芸品としての価値も高く評価されています。
 刀町の一番ヤマ「赤獅子」から十四番ヤマ「七宝丸」まで14台の豪華華麗な曳山。約200年前から150年前につくられたんだそうです。曳山の制作費は、今のお金に換算して、1億5千万円相当だそうな。

 今年の唐津くんちの曳山(ヤマ)で話題、ニュースになったのは、14番曳山「七宝丸」の台車に不具合が生じ、夜を徹して修理し、最終盤にやっと合流できたという話。沿道や地元江川町では「よかった」「おかえり」と安堵、喜びの歓声が上がったそうです。
 七宝丸は、30年ぶりの修復総塗り替えで、1876(明治9)年の制作当初の姿に近づき、晴れの舞台だったんだそうです。ちなみに、総塗り替えの費用、6千万円とか。
 「七宝丸」台車に不具合、夜通し修理のニュースは、4日の佐賀新聞で詳しく報じられていた。さすが地元です。

 3日の夜は、小島会長さん宅で深夜までごちそうになり、旅館も取れなかったということで、そのままお泊まりまでお世話になりました。
 4日は、朝食をごちそうになった後、地元大石町に戻っていた曳山が再び唐津神社前に集合するのを見届けることでした。
 曳山は、最後の町廻り(市内巡行)です。会長さん宅の2階から曳山14台が、笛や太鼓に合わせ「ヨイサー、ヨイサー」「エンヤー、エンヤー」の曳き子たちの威勢のいいかけ声で巡行(通過)するのをしっかり鑑賞することでした。
 「来年は、提灯の灯りの浮かぶ、幻想的な宵山を観にきてください」に、そうしたいものだと思うことでした。