日記・談義坊 /

杉原千畝 SUGIHARA CHIUNE


 あなたは知っていますか?
 激動の第二次世界大戦下。
 外交官として赴任していたリトアニアで
 ナチスの迫害から逃れてきたユダヤ難民に、
 日本通過ビザを発給し、
 6000人もの命を救ったひとりの日本人がいたことをーーー

 私が、「日本のシンドラー」と言われた人物が存在したのを知ったのは、10年ほど前でしょうか。
 テレビドラマ(?)でだったような気がします。
 『シンドラーのリスト』を映画で観て、感動したのは、20年も前です。
 第二次世界大戦時にナチスドイツによるユダヤ人の組織的大量虐殺(ホロコースト)が東欧のドイツ占領地で進む中、ドイツ人実業家オスカー・シンドラーが1100人以上ものポーランド系ユダヤ人を自身が経営する軍需工場に必要な生産力だという名目で絶滅収容所送りを阻止し、その命を救った実話を描いた映画でした。

 日本のシンドラー杉原千畝(スギハラチウネ)は、あまり知られてはいなかったのですね。名前は、今度映画を観るまで知りませんでした。戦後、大使館も首になったようですし、日本ではあまり評価されなかったってことでしょう。

 1985年、イスラエル政府は千畝に「諸国民の中の正義の人賞」(ナチス・ドイツによるユダヤ人絶滅、すなわちホロコーストから自らの生命の危険を冒してまでユダヤ人を守った非ユダヤ人に感謝と敬意を示す称号)を贈っている。
 この称号が贈られた翌年の1986年、86歳で亡くなっている。

 戦後70年の今こそ語り継ぎたい、“真実の物語” 本当にそう思いました。