日記・談義坊 /

妹のお見舞い・ご機嫌伺いに宮崎へ(里帰り)


 妻美代子さん、宮崎へ里帰りすることもありません。昨年、娘達と宮崎にいく機会があったので、美代子さんの実家のお墓参りを代わりに行ったのでした。島人間になった美代子さん、出不精になって、宮崎(串間)に帰ることもありません。美代子さんの兄弟姉妹6人ですが、女は4人姉妹です。美代子さんは、大きい姉ちゃん、長女です。下の妹、年子の二人とは、7つ、8つも年の差があります。宮崎市内に家を建てて住んでいます。娘の清佳が、宮崎の大学にいる間、お二人にはお世話になったのでした。美代子さん、何かと頼られているようです。旦那さん達の言によれば、「姉ちゃんの言うこと、絶対だから」だそうな。
 十数年前、美代子お姉さん、乳がんを患って手術をしました。娘達や妹たちに、「DNA一緒なんだから、がん検診したがいいよ」と、言っていました。娘達、自分たちは、まだ、まだとのんきにかまえているようですが、妹さんたち、姉さんに続かなくてもいいのに、4女は乳がん、3女は胃がんを患い、手術・療養を余儀なくされました。がん患者の先輩として、いろいろと電話で相談にのったり、情報提供したりとか、姉さん・先輩ぶりを発揮します。
 三女の病状については、気になったらしく、直接会って、様子を見たり、元気づけてやりたいと思っていたようです。大型連休の前か後でも連れて行ってとなっていたのですが、私のヘルニア騒ぎや、手打のおばさんの入院、そしてお葬式と重なり、行けずにいたのでした。
 とりあえず、落ち着いたので、宮崎行きの計画を実行に移すことにしました。私は、長距離運転は無理だろうから、美代子さん一人、電車で行こうとのことで、時刻表など調べることでした。これがまた、宮崎に着いてからも大変です。迎えには来てもらえるとしても、旅慣れない美代子さん一人で大丈夫かな?ってことになりました。車だと、3時間もあったら行けそうです。ゆっくり、休憩取りながら、4時間掛けて、運転しましょうと、出発することでした。私は、腰痛を口実に、美代子さんに甘えて、あごでこき使いながらの旅行でした。
 昨年から、初めての所・遠出の場合、ナビのお世話になっていますが、便利ですよね。住所を打ち込んでおいたら玄関先まで案内してくれました。
 妹の祐子さん、よっぽど嬉しかったようです。涙をうかべながら、姉さんを迎えてくれました。美代子さん、「うちの人が、吉國さんや萩原さんと飲酒したくて、行こう、行こうってきかないもんだから」って、言っています。昔話に花を咲かせる姉妹です。訪問看護を受けながら在宅での治療・療養生活になるようです。長期間になりそうですが、旦那さんや娘、孫さんたちの賑やかな声に囲まれて、体調の回復にも効果があるのではと期待することでした。
 一日目の夜は、末妹の郁美さん宅で、旦那三人衆揃ってのノン方をすることでした。料理人は、郁美さんの旦那です。祐子さんからは、串間のかまぼこの差し入れがありました。
 二日目は、訪問看護士による処置等が終わったころを見計らって、再び祐子さん家へ。看護士、お風呂・シャワーも手伝ってくれるそうです。
 横になっているソファーに腰掛けて、話し込む姉妹でした。やっぱり、来て良かった。また、旦那たちとのノン方をするため押しかけませんなら。
 
 帰りは、郁美さんの二男が店長をしているという、都城の割烹料亭に立ち寄ることにしました。昨年秋にチェーン店の一つとして新規オープンし、店長に抜擢されたのでしょう。立派な青年店長です。小さいとき甑島に家族で遊びに来ていて、ライトバンの後ろ荷台から転げ落ちたのでした。親から話は聞いているようでした。甥っ子達もすっかり、社会人になっているんだ。お母さんの姉ということで、よく似た容姿に、何か感じているようでした。
 帰りは、都城から10号線で曽於市末吉から東自動車道を通ってきました。ナビのおかげで迷うこと無く帰り着きました。また、行きませんなら。ヘルニアさん、悪させんどいてや。