日記・談義坊 /

加納久宜鹿児島県知事時代の逸話


城南信用金庫理事長の吉原毅さんの講演で印象に残っている(おもろい)話を紹介しましょう。

加納鹿児島県知事は、「日本農政の父」と呼ばれ、日本農業の発展に大きく貢献されたそうです。全国農事会の幹事長を務めた農業との深い係わりあいを持ったのは、鹿児島県知事時代が最初だったとのこと。

加納知事が米の品種改良に成功し、県内全域に普及させたという。改良を重ねた品種の名は、「薩摩号」。加納知事は、次に他の農作物の改良にも力を注いだ。

それが、柑橘類みかんでした。

「今すぐにでも、ミカンの苗を取り寄せたいところだが、我が県の財政状況では厳しい、ここは、大変な思いをしているみんなのため、一肌脱ごうじゃないか」と、この苗園で働く者の給与や苗木の買い付け代金などを自らの資産を取り崩して支払ったという。

ある朝、その苗園で働く者が慌ててやってきました。

「大変なことになってしまった。せっかく育てた苗が何者かに、盗まれてしまった」

その者は、大変な失態をしてしまったと、辞表を手に知事のところを訪ねてきたのでした。

それを聞いた加納知事は、笑いながら、

「ハッハッハッ、でかしたぞ、それでこそ我が鹿児島柑橘園じゃ。良質のミカンを一日も早く県下に普及しなければならぬ。そのためには、これからもますます人に盗まれるようなミカンの苗を育ててくれ」と、反対にその者を褒めたそうな。

このことは、(私は、知りませんでしたが)加納公の大きな人柄と県民を想う心がよく表れた出来事の一つとして、現在でも、鹿児島の人たちの間に語り継がれているとのこと。

皆さんは、知っていましたか?今、知ってください。

ではまた、ごきげんよう。