日記・談義坊 /

8・11から8年 終わらない復興


東日本大震災8年、なお5万2千人が避難生活をしているという。

手打でも地震発生時間に合わせたサイレンの音に黙祷をすることでした。大事なことです。原発事故の問題も含め風化させてはなりません。

今日の農業新聞コラムを転載します。【四季】2019・3・11掲載分

 「希望はひとつのドアです」。米国の著名な学者アン・ウィルソン・シェイユの言葉をかみ締める▼先日、東日本大震災の被災地を訪ねた。大津波で集落が流された仙台市若林区、塩水に浸った農地は、一区画1㌶をまとめる井上生産組合は、米、ネギ、タマネギの複合生産に取り組む。理事の大友一雄さんは、「土壌の改良と後継者の育成が課題です」と将来を語った。▼無残な姿をさらし続ける福島第1原発。そこからさほど遠くない福島県葛尾村に避難先から戻った佐久間哲次さんは、酪農を再開した。幸いにも放射線量は低かった。大型の機器をそろえ、可能な限りの大規模経営を目指す。「子どもに酪農に打ち込む姿を見せたかった」。村議として地域再生にも走り回る▼谷川俊太郎さんの詩に「そのあと」がある。<そのあとがある/大切な人を失ったあと/もうあとはないと思ったあと/すべて終わったと知ったあとにも/終わらないそのあとがある>。被災地にも、そのあとがある。悲しみと希望を背負いながら、生き続ける人々がいる▼復興の復は死者の霊をよび返し、興には地霊をおこす意味がある(『字統』白川静)。東日本を襲った大地震からきょうで丸8年。それぞれの鎮魂はいまも続く。

追記。

ヤンキースのマーくんもメッセージ(日刊スポーツ)

東日本大震災で被害に遭われた方々に心よりお見舞い申し上げます。

震災直後に訪れた被災地の光景は今でも鮮明に覚えています。

その震災の記憶と経験を、しっかりと後世に伝えていく

8年という月日が経過した今だからこそ風化させてはいけないと、あらためて、そして強く思います。

野球を通じてできること、ひとりの人間としてできることは限られているかもしれませんが、自分自身を成長させてくれた宮城、そして東北の地に、微力ながら貢献できればと思っています。

ニューヨーク・ヤンキース  田中 将