日記・談義坊 /

天声人語・坂口安吾に思う、考える!


 今日は、朝日の「天声人語」を転載しよう。坂口安吾の本も読んだことないんですが、「天声人語」が何を語ろうとしているのか?令和の時代を迎える前に知りたい。坂口安吾の本を読むぞ。これまで、読んでいなかったの恥ずかしいけど。

【天声人語】2019・4・25 掲載分

 敗戦の年の夏のことを、作家の坂口安吾が苦々しく書いている。「国民は泣いて、ほかならぬ陛下の命令だから、忍びがたいけれども忍んで負けよう、と言う。嘘をつけ!嘘をつけ!嘘をつけ!」。われら国民は戦争をやめたくて仕方がなかったではないかと(「続堕落論」)▼日本人のそんな振るまいを安吾は、「歴史的大欺瞞」と呼んだ。死にたくない、戦争が終わってほしいと切に欲していたのに、自分たちでは何も言えず、権威の行動と価値観に身をゆだねる。自らを欺く行為に等しいと、安吾には映った▼天皇が元首だった当時とは違い、象徴と位置づけられる現代である。それでも似たような精神構造をどこかで引きずってはいないだろうか▼「象徴としての努め」は、平成に入ってから目立つようになった。なかでも第2次大戦の戦地への訪問の一つひとつは、日本の加害の歴史を忘れないようにという試みだったのだろう。平和憲法を体現する道ともいえる。しかし、こうも思う。その営みは、天皇という権威が担えばすむことなのか▼「おまかせ民主主義」という言葉がある。投票にも行かず政治家や官僚に従うことを指す。同じようにすごく大事なことを「象徴の努め」にまかせて、考えるのを怠ってこなかったか。天皇制という、民主主義とはやや異質な仕組みを介して▼世襲に由来する権威を何となくありがたがり、ときに、よりどころにする。そんな姿勢を少しずつ変えていく時期が、来ているのではないか。