日記・談義坊 /

謹賀新年・春風献上


あけましておめでとうございます。正月も三が日が過ぎてしまいました。

元日の新田神社元旦祭、手打地区新年会、二日の本町船主会の祝い、三日の「新成人を祝う集い」と天気にも恵まれて無事行われました。食後の薬、いつ飲んだら良いのやら忘れちゃう、三日間でした。

1月4日は、長島にて古希同窓会でありました。親父の仕事の関係で、当時の西長島中学校にご縁があったのです。1学級55名の4クラスでしたが、今では20名足らずの1クラスだそうです。近い将来、島に5校ある中学校も一つに合併だそうです。小学校も一校に統合されるとのこと。東に中学校、西に小学校と配置されるようです。東西の町合併に配慮してのことでしょう。西の皆さんですので、本庁は東になってしまったと悔やみ節も聞かれました。

阿久根や出水との広域合併とならなかったのは幸いだったのかもしれません。少子高齢化は、基幹産業の象徴でもある、赤土じゃがいもにも影響がでているようです。価格の低迷も続いているようです。頑張れ長島。

下甑では、年末年始不幸が続きました。妻美代子と二人でお悔やみに走り回ることでした。

合併騒動の象徴でもあった、7名の議員の不信任投票選挙、いわゆる7色のレインボウ選挙の当事者の一人中村さんが亡くなりました。31日がお葬式で、鹿島の火葬場に行く。下甑の火葬場は、使用中なのでした。

30日のお通夜は、弟さんなどと徹夜で語りあかすことでした。最後のお別れでしたから。亡くなる二日まえの28日には、孫のチビを連れてお見舞いに伺ったのでした。ことのほか具合も良くて2時間ぐらい語り合ったのです。

当然に市町村合併の功罪についてが一番の話題でした。合併10周年記念の中で、表の陽の当たる良いところばかりじゃなく、陰の見落とされがちな部分をしっかり捉えなければならないってことなど、興奮しながらしゃべりあったのです、とくに、甑島のことについては、本土からの目線ではなく、島で生活している島民の立場から問題提起して欲しいと訴えられました。時計の針を戻すこともできないし、流れに逆らうことも難しいですが、恨み節諦め節にならないよう根性を据えて島の振興のために頑張りませんなら。

やどるさん、これからもお見守り下さい。

中村さん家の玄関に掛かっていた色紙の言葉を今年の目標にしたいと思います。

笑いは 心の常備薬

涙に一錠 不安に三錠

きっとよくなる 特効薬

皆さん、今年もよろしくお願いいたします。