日記・談義坊 /

お墓掃除


1月の最後をゆっくり手打で過ごすことができたからでしょうか、久しぶりに一ヶ月が長く感じられました。年始めは、連日忙しい思いをしたのですが。

31日の今日は、暖かく長袖を脱いで過ごすことでした。

庭の手入れや畑の草払いをやろうと意気込んではみたのですが、草払い機が言うことを聞かず、修理に出すことになりました。次の機会に頑張りませんなら。

ということで、お墓参り・掃除に出かけることにしました。親戚のお墓も含めて、島外で暮らす子どもたちの所に引っ越して、空墓になったところもあります。お墓の管理が大変、孫子や親戚に心配をかけまいと、お寺の納骨堂を購入して、自分が入る所を確保されている人もいます。墓石が倒され、隅に寄せられているのを見ると寂しさを感じます。

私ん家の墓にしたって、孫子の代にはどうなることやら。手抜きしながらの墓掃除でしたが、2時間ほどかかりました。1歳、2歳、5歳の幼子(姉や弟、従兄弟)の墓石を撫でながら、今、生きていたら、どんな大人になっていたんだろうと思うことでした。姉は、終戦のどさくさに5歳で亡くなったようですが、私を可愛がっていた祖母は、昭和20年4月8日の空襲の際、鹿児島市の市電の中でなくなったそうです。享年56歳とあります。

私も妻美代子さんも、散骨などを希望していますから、骨壺はできるだけ小さいモノにして、こじんまりと納めて欲しいものです。

墓地だけでなく、家宅地、田畑など手放す人も増えています。本当に、寂しくなります。宝の島甑島はどうなっていくのか。地域力・自治力を高め、維持できるような仕組み作りを知恵を絞りながら、考えませんなら。島から逃げ出すわけにはいきませんから。

妻美代子さん、「なるようになるんだから、心配しないで、無理せず自然体で生きましょう」って言いながらも、二人して老後の年金生活、どうなることやらと案じるこの頃であります。

また、語りましょう。