日記・談義坊 /

高校卒業50周年同窓会(14期生・三八会)


市民福祉委員会の行政視察、長野県飯田市と埼玉県和光市に行ってきました。両市の研修とも有意義でありました。どちらとも、時間を大幅に延長しての説明・調査でした。内容は、しっかり報告書にまとめませんなら。15日までに提出お願いしましたが、委員長の私が危なっかしいです。

1日は、高校卒業50周年の同窓会が鹿児島市で計画されていました。昼は母校で、原口泉先生の記念授業も企画されている。議会の行政視察と重なっていたので、欠席の予定でおりました。毎年の夏の合同同窓会とは別に、節目節目で三八会の同窓会は行われていたようですが、ほとんど参加したことはありませんでした。霧島、東京、京都などで定期的に行われてきた模様が、映像で紹介されました。

今回は、最後の同窓会になるとのことで、160名程の参加予定者名簿が送られてきました。遊び仲間の悪友の面々は少ないものの、懐かしい名前が載っています。私は、3年間男子だけのクラスでしたので、女の子には縁が薄かったのですが、気になる女の子の名前が記されています。50年ぶりに会って話してみたいなー、との思いに突き動かされて、急きょ参加を申し込んだのでした。

空港から懇親会会場のサンロイヤルホテルに車を走らせる。集合写真撮影にぎりぎりセーフでありました。

ネーム札には、卒業アルバムの写真が拡大されて、配布されました。胸に、18歳の凛々しい姿が蘇るのでした。私にも、あんな、そんな、青春時代があったのだ。

時間のたつのもあっという間です。「気になるあの子」を探し当て、18に還って、昔話をし、握手できたことに感謝・感動でありました。

「エグっさーん、太ったネー」「あんたは、誰やったっけ」「忘れたのネー」

私は、そんなに気は多くなかったので・・・・。思い出せないはずはないのですが。

校歌の大合唱をするころには、すっかり、昔に戻って、「おいが、わいが」の世界になっていました。

40人程の同級生仲間が亡くなっています。お寺の住職を勤める流見くんの音頭で黙祷。男子の死亡者が圧倒的に多い。平均寿命の男女差なんでしょう。

同じクラスで机を並べていた前田くんが、鹿大の学長さんになっているとは知りませんでした。原口泉先生が、同じ高校の2年後輩ってのも初めて知りました。何回も飲んだ仲なのにです。

来年は5組クラス会を企てようと申し合わせ。楽しみにしましょう。

2次会の誘いには乗らず、ホテルのベッドにそのままダウン。

2日土曜日は、「川内ハンヤ祭」であります。頑張って踊りませんなら。