日記・談義坊 /

西郷少年甑島平良に流されていた?


今日は、薩摩川内未来塾の会に出席することでした。20代の若い諸君が、頑張って企画書を作っています。経産省の認定を受け、補助金もらえるといいですね。頑張れ!

かぐや姫カフェについても、うまくいくといいですね。応援します。

会議の席で、野間健衆議院議員が紹介している『岩屋天狗と千年王国』(窪田志一著)の一部を読ませて貰った。

西郷家が「岩屋天狗の子孫」云々も興味あるところですが、西郷少年が、甑島は平良に流されたとの部分を紹介します。

<西郷少年は、川内の新田八幡宮のニニギ尊御稜を探索中、野宿の残り火の不始末で山稜を焼失させるという大事故を起こした。真方衆は島津藩と交渉し、西郷少年を川内の沖合いに浮かぶ甑島に流せしめた。当時上甑島太良(平良のことでしょう)には真方衆が大阪から逃亡潜入させていた大塩平八郎がおり、西郷は大塩の思想、精神に直接触れて薫陶を受けている。大塩から恵贈された「洗心洞剳記」を暗記したほど西郷は大塩に傾倒した。>

他にも、おもしろい興味ある下りもありますが、直接本を読んで確かめたいものです。