日記・談義坊 /

日本シリーズと浅沼稲次郎暗殺の思い出


先日、西鉄ライオンズのファンでラジオにかじり付いて、実況中継に夢中になっていた頃の中学時代の思い出を書きました。

高校に入ったら、テレビはないし、ラジオでの中継も聞いていたのか、記憶薄です。

だが、ある年の日本シリーズ強烈な印象としてこびり付いています。

携帯ラジオ、たぶん友達が持ってきていたんだと思います。午後の授業中、机の中に隠し、イヤホーンを上着の袖から通して、聞いていたのです。実況中継を聞いて、途中経過をメモして回すのが私の役目だったのでしょう。

突然、社会党党首の浅沼稲次郎さんが暴漢に襲われたとのニュースが流されたのです。忘れもしません、社会の授業中で、安藤先生でした。ビッグニュースを直ぐにも教えたくて、落ち着かなかったことを思い出すことです。

授業が終わるや、「先生、浅沼委員長が刺されたよ」ってなことを興奮して、喋ったのです。先生も、驚かれたことでしょう。ラジオを盗み聞きしていたのが、ばれたのかどうかは忘れましたが、クラスのみんなにも得意げにホットニュースを知らせることでした。

自民党は池田首相の時代でしたが、社会党は分裂して、民主党が生まれた頃です。大日本愛国党の赤尾敏が真っ赤なポスターで宣伝されていたことも記憶に残っています。

ところで、プロ野球の方ですが、その時の日本シリーズは、大洋ホエールズ対大毎オリオンズでした。

当然に、大洋ホエールズのファンでありました。三原脩が大洋ホエールズの監督に就任していたのです。それまで、大洋は、万年最下位でした。

それが、三原監督を迎えて、巨人と競り合ってのリーグ優勝です。

日本シリーズでは、大毎圧倒的有利の下馬評。

それが、それが、大洋の4連勝での優勝でした。

大毎オリオンズの選手、あまり覚えていないのですが、監督は西本さん、選手では、榎本、葛城、そして山内一弘などの名前が記憶にあります。大洋の選手については、秋山ー土井バッテリー、近藤和彦、近藤昭仁、代打の麻生などを覚えています。4番バッター、桑なんとかと言っていましたが、思い出せません。

この年、大洋に負けた、巨人の水原監督、責任取って、辞任。その後、東映フライヤーズの監督に就任。大舞の西本監督も解任された。

2、3年後、山内と阪神の小山投手のトレードがあり、世間をびっくりさせましたよね。

高校、大学、社会人として、野球とのお付き合い、記憶そのものが、まだら模様なのですが、アンチ巨人だけは、筋金入りであります。