日記・談義坊 /

続き・猪瀬直樹都知事について


猪瀬都知事のことについて、ちょっと触れました。正直、好き嫌いの次元で、それも感覚的というか、感性的に好きになれないってぐらいのことだったんです。

だけど、妻美代子さんに、「なぜ?」って尋ねられると困りますので、もう少し続きを書いておきます。

猪瀬直樹氏の名や顔を知るようになったのは、小泉純一郎首相に見出されて、道路公団の民営化ならぬ会社化に熱弁を奮っているころからだったと思います。

小泉の時代が終わると、猪瀬はちゃっかり小泉から石原慎太郎に取り入る先をかえて生き残ったってことでしょう。

私は、猪瀬氏が「モノカキ・作家」だったってこと認識していませんでした。だから、大宅壮一ノンフィクション賞をもらったってことも、その受賞作の『ミカドの肖像』も知りませんでした。小泉や石原の前に猪瀬が取り入った人物が、大宅壮一ノンフィクション賞の選考委員だった本田靖春氏だったんだそうです。

本田は後年、遺作となった『我、拗ね者として生涯を閉ず』にも猪瀬批判を書いているんだそうです。猪瀬の作品を大宅賞に推したことを恥じて、間違いだった、とも言っていたんだそうです。

左高信は言う。

ジャーナリストとは「無冠の帝王」である。権力を批判し、力のある者を批判する存在であるべきだが、猪瀬は力のある者に取り入る、たらしこむ、自分の身を売るのである。と。

そして、こう断じてもいる。

猪瀬直樹という人間は、棄てる程度の思想しか持ち合わせていないということだ。

そこで、唐突ではありますが、阿部伊都子が1970年の夏につくった『売ったらあかん』という詩を載せます。

   友達を 売ったらあかん

   子どもらを 売ったらあかん

   まごころを 売ったらあかん

   本心を 売ったらあかん

   情愛を 売ったらあかん

   信仰を 売ったらあかん

   教育を 売ったらあかん

   学問を 売ったらあかん

   秘密を 売ったらあかん

   こころざしを 売ったらあかん

   大自然を 売ったらあかん

   いのちを 売ったらあかん

   自分を 売ったらあかん

   自分を 売ったらあかん