日記・談義坊 /

成人を祝う集い・祝辞「青春」の詩


今年も下甑町恒例の「新成人を祝う集い」がありました。地元議員も祝辞を述べることとなっています。今年は私があいさつをする番でありました。17年程前、下甑村議会議長になってから12回程祝辞をしたことになります。せっかくの成人式での祝辞ですから若者の心に響く格調高い内容を、と、自分の言葉で、それも3分以内にコンパクトにを心がけて、気合いを入れて臨んだつもりでありました。

そして、私の双子の娘達の成人式を迎えたのでした。海陽中学校出身の子ども達はみんな顔見知りでしたので、力が入り思いを込めて原稿を作成したのです。妻美代子さんにも読んでもらい「いいんじゃないの」と評価をしてもらったのでした。

成人式から帰ってきた娘達に「お父さんのあいさつどうだった」と尋ねてみると、内容を全く覚えていないんです。セレモニーの一つとして聞き流していたのです。ショックでありました。

当時の成人式あいさつが多いんです。当事者の成人のみなさんもうんざりだったんでしょう。

教育長の式辞にはじまり、村長、議長、選挙管理委員長、青年団長と祝辞が続くのでした。来賓席に座っている私たちも聞き流していたのです。青年団長のあいさつはおもしろかった印象があります。

後で考えてみると、美代子さんの言葉は「(あいさつなんだから、短ければ、内容はどうでも)いいんじゃないの」ってことだったんでしょう。

次の年から、パフォーマンスの意図もあって、詩集(本)を手にして登壇し、サムエル・ウルマンの「青春」の詩を朗読することにしたのです。今年もそうしました。

青春とは人生のある期間ではなく、

心のもちかたを言う。

・・・・年を重ねただけで人は老いない。

理想を失うとき初めて老いる。

ちょっと長い詩なのですが、懲りずに同じパターンでやってきました。

ときには、二O歳の青年よりも六〇歳の人に青春がある。には、力が入りました。

あいさつ祝辞で困ったのが、敬老会です。いくらセレモニーとはいえ、どうにかならないかと思っていたのですが、私は手品の披露でお茶を濁してきました。

「りっぱなあいさつと下手な手品とどちらがいいですか」と切り出して、「下手な手品でお許しください」ってことで、手品を祝辞代わりに繰り返してきました。こちらは、毎年同じネタを披露するわけにもいかず難儀をしました。

今年の正月、天気にも恵まれて良かったですね。いい年でありますように。