日記・談義坊 /

原発に「ふるさと」を奪われた酪農家の叫び


昨日に続いて、鹿大祭に行く。懐かしい(?)教育学部のキャンパスにも足を踏み入れる。浦島太郎気分でした。教育学部祭とありましたが、同じような模擬店が並んでいました。どのブースも教育実習の先生の卵写真がいっぱい。呼び込みの手段(?)、自分の売り込み(?)

原発に故郷を奪われて(あの日、飯舘村に何が起こったのか)

酪農家・飯舘村前田地区区長である長谷川健一さんの話を聴きにきたのだ。

放射能事故の被害者にしか語れない、現場からの生の声には、迫力がある。真に迫るモノがあります。何も知らされないまま「被爆者」にされた怒り、悔しさが感じられました。

国では原発の事故に備え、税金を100億円も投入してSPEEDI(スピーディ)という放射能汚染の予測システムが用意されていたにもかかわらず、飯舘村の村民がその存在を知ったのは、「被爆者」にさせられた後のことだったのです。

国や村当局の情報隠し、ゴマカシもあったという。

水や牛乳が飲めなくなるほどのひどい放射能汚染が次々と明らかになっていくなかで、それでも大丈夫なんだと「科学者」「専門家」たちは言ったそうです。

「福島県放射線健康リスク管理アドバイザー」という肩書きを持った長崎大学の高村昇教授。「今までどおりに過ごして大丈夫、何も問題はないですよ」と。

4月になって、村にやってきた、「ミスター100ミリシーベルト」とのあだ名のついた長崎大学の山下俊一教授が言うには、「国の言うことは正確なんだから、あなたたちは国の言うことに従ってください。私は学者であり、私の言うことに間違いはないのだから、私の言うことをキチッと聞いていれば、何の心配もない。」

とにかく「大丈夫」「大丈夫」のオンパレード。

政府の無策、御用学者のウソ、経産官僚の暗躍、村長自らの隠蔽・・・・・。飯舘村村民の“大量被爆”はこうして起こったという。

「原発がなかったら」と悔やみながら、自死した酪農仲間の話。

足手まといになるからと、自ら命を絶った102歳のおじいさん。

92歳のおばあちゃんは、「お墓に避難します」と自死。

日本の国で本当にあった話なんですよね。

原発から20キロ圏内の人は入れない「警戒区域」の中の乳牛は、全て餓死したんだそうです。餓死した牛を、野生化した豚が食べる。想像しただけでもおぞましくなります。

家族と同様に生きてきた牛のミイラ姿、飼い主のおっかあ自ら、涙を流しながらカメラに収めてきた写真、正視できませんでした。

飯舘村に村民が帰ってくる日は、あるのでしょうか。「除染すれば帰れる」って、幻想のような気もします。

また、考えましょう。