日記・談義坊 /

光岡洋 渾身の新曲!「島立ちの春」


今年も、「関西甑島連合会定期総会・演芸会」に行ってきました。39回を数えるそうです。135名の参加ということでしたが、故郷甑島同様に、関西の出郷者の世界も高齢化の波が押し寄せていました。各地区・集落の尼崎での運動会いつまで続けられるかが話題になっていました。上島でやっているところは、江石だけなんだそうです。下甑は5地区も開催していますから、たいしたものです。

集団就職で15の島立ちで関西に出てきた皆さんは、年金世代へと入っていきます。

私は、挨拶の中で、地元の島で、若い人が、島を考え、島に生きることを宣言したことを、紹介することでした。

商工会青年部全国大会での庵地優くんの発表のことと、甑で一番若い百姓ヤマシタケンタくんの話をしました。

「ないものをねだるより、あるものに感謝しながら生きていく」

「確かな未来は、なつかしい風景の中にある」「甑島のおいしい風景をつくる」という二人の発言を紹介しながら。

演芸会のなか、焼酎を差しつ差されつつ、甑島のこと話していたら、「私は、ヤマシタケンタの伯父です」という人がいました。

早速、ケンタくんに電話をしたとのこと。この伯父さん、歌も踊りも上手。舞台に上がって盛り上がっておられました。

ところで、ゲスト歌のステージでは、光岡 洋さんが甑島を舞台にした「島立ちの春」を熱唱されました。

~俺も十五で 島立ちしたが 倅もこの春 島を立つ~

参加されている皆さん、昔、十五の島立ちをして、尼・関西でしっかり生き抜いてこられた人たちなので、すごく感動されていたようです。

レコードは、3月7日発売とのこと。13日の中学校卒業式では、光岡さん本人が甑島・里に渡って、歌の披露と歌碑の建立式が計画されている。

私は、月曜日は、一般質問の聞き取りも予定されていたことから、早く帰りたかったのですが、同級生が開いている飲み屋で、同窓会・緊急開催となったのでした。

聞き取りどうなることやら。通告書だけでも出してきていてよかった、よかった。