日記・談義坊 /

“ピンピン・コロリ”は可能か


「川内市医師会地域医療協議会」に、市民福祉委員長として参加要請があり、出席することでした。57名もの出席者。川内市医師会の地域医療活動、医師会立市民病院の状況など詳しく知ることが出来て勉強になりました。

訪問看護や在宅介護・居宅介護の事業実績の報告を受けながら、自分たちは自宅の畳の上で死ぬことができるんだろうか?と思うことでした。

1年前の資料ですが、自宅以外で亡くなる「施設死」が100万人を突破したんだそうです。今や自宅死13%に対し病院や老人ホームなどの施設死85%とのこと。

ちなみに1951年と比べてみると、自宅死83%、病院死9%ですから、反対の結果となっています。

急速な超高齢化社会の到来とともに、日本人の死に場所も大きく変化したってことです。

昔なら自然死していた高齢者がハイテク医療で命長らえることは是か非か。どちらの死に方が幸せか?「老衰に延命治療はいらない」と、老人ホームの医師(石飛幸三医師)がすすめる平穏な死に方など注目されています。

日野原重明医師は、延命第一主義に強い軽傷を鳴らしています。

<それまでいい暮らしをして、幸福な環境にああったとしても、その最期は本当に悲惨です。病人は孤独になり、管が喉に入ったではものをいうこともできない。多くの患者はそういう状態になって死んでいきます。それを見て私は、これが医学のなしうる最高のものなのかと、いつもいぶかしく思う。なぜ日本の医療がこんなことになったのか。>

医師で作家の久坂部洋氏は、『日本人の死に時』(幻冬舎新書)の中で、

<今、医学は大いに発展して、寿命を越えるほど人を生かすようになりました。人間の身体は自然ですから、器械のようにどこまでも性能をアップするわけにはいきません。ほどよいところがあるはずです。その発想からいけば、現代の医療はすでにやや進みすぎです。進めるばかりでなく、別の方向を探ったり、ときには一部を棄てることもまた、人間の知恵ではないでしょうか>といっている。

「川内医師会」ってのは、「薩摩川内医師会」とはなっていません。手打診療所など甑島の病院は「薩摩郡医師会」に継続して入っています。ということを、会議に参加して実感することでした。

地域医療については、またしっかりと考えませんなら。