日記・談義坊 /

「年どん」さまを迎える!


今年は谷山の孫たちに「年どん」をお迎えする。昨年、迎えるつもりで孫を連れに行ったら、年末の30日から元旦まで欠航くらって、手打で正月を過ごせなかったのでした。今年は、とりあえず上の二人を28日に連れ帰ってきたのでした。はじめて親元を離れて大丈夫かなと心配するも、案ずるほどもなく、寒いのに海辺で波と戯れたり、ボール遊びに興じたりしていました。

「年どん」さまお迎えすることにしました。30日にママと帰ってきた三男颯亮(2歳)の分まで「年もち」を準備して、迎えることでした。

「おるか、おるか、来て障子ばあけー」初めての経験で、次男の遥都(4歳)は大泣き。長男の祐汰(小学2年)も涙流しながら、気丈に応対しようとする。しかし、手打ち弁がわからないのです。

「なまやー、なんちゅうとか」「としゃー、どひっけーなったとか」名前は?歳はいくつ?とじっさまが通訳しながらのやりとりとなりました。

あらかじめ連絡してあった、「直して欲しいこと、注意・しつけ・言い聞かせて欲しいこと」「ほめてやって欲しいところ」「年どん」さまも大変です。手打弁は通じないわ、常日頃接触する機会がない里帰りの子どもを相手に「天上界から見とったっでー、なんもかいも知っとったっど」と、全てお見通しの「年どん」を演じてくれます。

最後に「なんか、歌でも、うとうてみれ」と言われて、祐汰、泣き声で「歌えません」と拒否。「うてーができんとか。じゃー九九でも言うってみれ」となりました。じっさまに助けを求める祐太であります。「九の段を言ったら」と言うと、九の段を顔を引きつらせながらどうにか唱えることでした。

「年どんと約束したこと言うてみれ」

「ご飯食べるとき、テレビはみません」「宿題は前の日に済ませ、学校の準備もおかあさんに頼らないで自分でします」「おとうとにやさしくし、めんどうをみます」

「年どんのハナを触ってみるか」と勧められて、ハナを触りに、へっぴり腰で怖々進み出る祐汰。

遥都は、何を聞かれても泣くだけで、年どんさまもあくばったことでしょう。

最後の餅もらいに、泣きながら進み出て、背中に大きなモチを背負ってどうにか終了。

颯亮は、ママにしがみついて年どんの方を見ようともしません。餅もらいは、祐汰が代わりにもらってくるハメに。2回も背負わされて、怖かったことでしょう。

「年どん」効果いつまでつづくことやら。楽しみであります。

遥都が小学校に入学したら、もう一度「年どん」来てもらいませんなら。

「年どん」さま、5人でしたが、声二人しか分かりませんでした。小学校の教頭先生や本庁に勤務している職員なども面かぶってくれたんだそうです。

皆さん、ありがとうございました。