日記・談義坊 /

35年前の教え子からメール


夜中溜まったメールをチェックしていたら、35年前受け持っていた6年5組の教え子からメールが入っていた。

「覚えてはいらっしゃっらないと思いますが、私はM・Hといいます。47歳です。」と、自己紹介からはじまり、在学中の想い、その後の様子が綴られていた。

「江口先生におかれましては、大変なご活躍でいらっしゃって、深く敬服しております。本当に驚きました。

議員照会のお写真を拝見しても、当時と全然お変わりございませんね。やはり、あの頃の爆発的な情熱が若さを維持されているようですね。本当に感激しております。」

こう言われると、当時は若さだけで(若くもなかったのですが)、宿題をださない、テストをしないってことだけが売りの教えるっていうより好き勝手に教員生活を送っていたような気がします。今の時代では、とくに鹿児島では通用しない落ちこぼれ・はみ出し教師の烙印を押されることでしょう。恥ずかしく、懐かしくメールを読むことでした。

「できんぼう」でも一日一回は、存在感を示せる、楽しく参加できる授業を目指して臨んだつもりなんですが、子どもたちにとって、どう受け止められたことやら。

「同窓会ですが、2回目の参加で止めました。

当時のクラスメートとの会話で『いじめ』の話があったのですが、いじめられる方も悪いという結論になったことがあって、それ以来は同窓会へは参加していません。」

「また、あの頃は『いじめ』が過激(現在の学校よりは遙かにマシかもしれませんが)で正直トラウマになってしまっています。」

「当時のクラスメートとの会話にも付いていけません。聞いても知らないことばかりなのです。」

43名の子ども達の何人かは、それぞれに小さな胸をいため、学校生活を楽しめず、苦しんでいたんだと思うと、教師失格だったなぁーと反省しきりです。

「また当時、父とも、いじめや学習に関しても、意見の食い違いがあって、帰宅しても自分の居場所がなかった感じがしています。」

35年前、一人の教師として人間として、Mくんの抱えている問題に対してどれほど真剣に、正面から受け止め、解決のため努力したのか自信がありません。

教師としての力のなさを、保護者・家庭に投げ返していたような気がします。

今回のMくんのメールに出会って、過去の未熟な頼りない自分を見る思いがしております。

6年5組の皆さんの47歳の今を想像しながら総括しませんなら。